荒療治。

12月のマンスリーは絶好調だったのに、年明け早々の新学年組分けテストで、これまでにない最低の成績。テストの性格が違うとはいえ、わずか2週間で偏差値8ポイント下落。新六年生を上位クラスで始められたら気持ちいいよね、がんばる! などとテスト前には言っていただけに、成績を見て本人涙ぐんでしまった。

 

こんなテストごときでいちいちショックを受けても詮無いでしょう、本番調子悪かったら二日目以降どうするんだ、しっかりしろ、気持ちを切り換えろ、と言いたいところで、まあ実際言ったわけでもありますが。

 

なぜ組分けが散々だったのか訊ねてみた。曰く、あんまり気分が乗らなかったから。なぜ気分が乗らないのか。曰く、遊べなかったから。いや、こちらから見るとダラダラ遊んでいるように見えたが。曰く、そういうのじゃなくて、公園に行って鬼ごっことかしたいの。いやいやいやいや、だったら遊びに行けばいいじゃん、すぐそこなんだから、っていうか、何度かきょうは公園に学年の半分くらいが集まってどうのこうのと自慢してたじゃない。曰く、それが毎日だといいんだよう。

 

…受験向きじゃないな。

 

一応、本人的に分析は出来ているので、いったん落ちるところまで放っておくことにする。自分の大学受験を振り返ってみても(受験らしい受験は大学しかしていない)、3年間テンションを一定に保ち続けるのは無理だった。気分も成績も相当、波があった。18歳でもそうだった。ましてこちらは11歳だ。

 

ちなみに、その谷底気分を味わった当時のワタクシは、「より遠く、より高くジャンプするためには、より深くたわまねばならない」という言葉で自分をなぐさめていました。ださ。

 

ともあれ、時間はまだある。なんてったって兄キの時には、夏休み明けに一気に気分が萎えてしまって、9月10月は目も当てられない成績だった。すべりどめと考えていた学校が、合格力判定模試で合格率50%というひどさだった。すべりどめが、ですよ。第一志望とか第二志望じゃないですよ。あのさあ、受験に限らず一般的に言って、五分五分っていうのはチャレンジっていう意味だよね。

 

彼の場合、全く幸運なことにそこからの巻き返しがすごかったわけだけど、まあアレに比べたら、今の時期ならまだ余裕を持って(?)、落ちるところまで落ちてみやがれ。

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ふたりなら、できる。

大掃除の季節だ。ご機嫌な中学坊主と一緒に、窓拭きとベランダの水洗いをした。中学坊主の機嫌が良いのは、期末試験の成績が以前に比べ、大幅に改善したためだ。サンタクロースもこっそり奮発している。

 

1学期はさんざんだった。国語と数学Aで、栄えある選抜メンバーとなった。

 

この話を聞いて妹は目を丸くした。「え? それ何の選抜メンバー? なんか大会に出るの?」

 

国語が得意な小5の妹はリアルタイムで同じ試験を受けて兄貴に勝つつもりでいる。これは妹がデキるという話ではなく、兄貴がそれほどヒドいという話だ。よりによってその兄貴が「選抜メンバー専用 国語特訓テキスト」(そう表紙に印刷されている)でもって、夏休みに特別講習を受けるという。

 

お気づきだと思うが、「選抜メンバー」は、国語教師のユーモアである。赤点を取っただけである。

 

甲斐あって2学期はおしなべて平均以上だった。本人は上機嫌だ。「ヒマだから窓拭きでもしよっか」。

 

サンタクロースは多くを望まない。本心では、あんたヒマじゃないでしょう、期末試験の答案見直しをするとか、山のように出ている冬休みの課題にさっさと手をつけるとか、年明けの全員必須の英検対策をするとか、3学期の社会科のレポートのネタ探しをするとか、いろいろ言いたいところだが、黙ってここは申し出を受ける。なにしろ掃除・片付けはヘタクソなサンタなのだ。窓拭きを最後にしたのは去年の年末だ。いや待て、本当にしたっけ? ベランダには街路樹のいちょうの葉が降り積もっていて、やろうと思えばサツマイモくらい焼ける。

 

ふたりですれば、窓拭きも大掛かりなベランダ水洗いも数時間で終わる。これがひとりならば、まず腰が上がらない。やった方が気持ちいいのは分かりきっているが、まとまった時間が取れないとかなんとか理由をつけてなかなか手をつけない。毎日の小さな掃除も、なんやかや先延ばしにして、見ないようにしている。

 

受験勉強もそんなものではなかろうか。

 

どんなに受験勉強にやりがいを持っている子であっても365日、そのテンションを保つのは難しいだろうし、そうでもない子(が大半だと思う)がひとりで毎日コツコツ家庭学習に取り組むのは、かなりハードルが高いことだと思う。どうしたってやる気の出ない時があるだろう。

 

くだんの中学坊主も気分に波があって、そりゃ自分の高校3年間における大学受験勉強を振り返ってもそうだったのだから、まして11歳の子供(彼は3月生まれ)ならなおさら波があって当然だと思って、気分が乗らない時には放っておいた。とはいえ、成績は正直に落下する。そろそろヤバい、もうヤバイという時には、テキストを見た。解いたというよりは、見た(笑)。見ていると、じきに本人が隣にやってきて解き始める。

 

彼は今、私に同じことをしてくれている。全く気が進まなかったんだけど、しゃーない、やるか!

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校風あれこれ from different standpoints

子供がサピ友から聞いてきたというから、有名な話なのでしょう。女子御三家の校風を表した小話。

 

空き缶が道端に落ちていました。

雙葉の生徒はそれを拾い上げ、そっとゴミ箱に捨てました。

桜蔭の生徒は本を読みながら歩いていて、それに気がつきませんでした。

女子学院の生徒はそれを見つけると、缶蹴りをして遊び始めました。

 

なかなか言い得て妙です。

 

さて、師走に入って今さらの話ですが、各校の学園祭。私はアマチュアオーケストラに参加しているので、ついつい管弦楽クラブに足を運んでしまいました。やはり学校によって楽団のカラーが全く違いましたね。

 

まず、桜蔭には度肝を抜かれました。

 

団員の数に対してステージが狭く、きゅうきゅうに並んでいて、最前列はステージの端から20センチくらいしか余裕がなく、落っこちるのではないかとハラハラしました。

 

で、ですよ。

 

譜面台を置くスペースがない(!!)ので、全曲暗譜(!!!)。

 

暗譜で「新世界より」(=ドヴォルザーク交響曲第9番」)全曲演奏。これがどれほどすごいことか、オケ関係者にしか伝わらないのが実にもどかしい。一糸乱れず、整然と演奏しきったのには、ほとほと感心しました。やっぱりあったまいいんだ、この子たち。あれだけ長いと(演奏時間約45分)普通、弓順アップダウンどっちだっけとか、細かいアーティキュレーションなんかところどころド忘れするもんだけどなー。迷いがなかった。

 

別の意味で感心したのは女子学院

 

これ書いていいのかな、ちょっと迷いますが、ヴァイオリン2ndの子。ステージで大あくび(笑)。楽器を両手に持っているから口元隠すわけにもいかないのだけれど、いや、そういう問題じゃなくて、舞台の上でこんなにリラックスできるのは、ある種のうらやましい才能というか、女子学院=のびのび自由、という等式が腑に落ちた瞬間でした。

 

渋渋は実に微笑ましかった。

 

クラブでも同好会でもなく、この学園祭のために結成されたオケで、頭数が足りないパートがあり、大学生や社会人のOBOG、教職員に助っ人を頼んでいるそう。当然、なかなか合奏練習の予定が合わず、全員揃うのは本番が初めてとのこと。アマオケあるあるです。めちゃくちゃ親近感湧きます。

 

クラシックファンでなくともなじみのある曲ばかりを集めたチャイコフスキー特集、トリは「交響曲第5番」、通称「チャイ5(ご)」の第四楽章。

 

この曲は、何カ所かオーボエのソロがあるのですが、前半と後半で同じフレーズを繰り返すところがあります。ソロは通常、1st(首席奏者)が吹きますが、1stさんはOBの男子大学生(←すんごく上手かった)。おそらく、思い出作りというか、花を持たせるつもりだったのでしょう、後半の2回目の、譜面上は1stのソロを2ndの女子生徒に任せていました。

 

まあ、なんとかわいらしい。上下関係の厳しい部活であれば(そして通常のオケでも)考えられないパート内チェンジです。

 

ところが、その女子生徒、出トチってしまったのです。

 

ちょっと擁護しておきたいのですが、オーボエって楽器は、息を吹き込めば何か音が出るものじゃないんです。せーの、で吹き込んでも出ないんです。スカってしまうんです。初心者はまずそこで苦労します。

 

とてもとても目立つソロなので、緊張もあったのでしょう、構えて吹いているのですが音が出ない。曲は進む。察した1stさんがすかさず拾ってつじつまを合わせました。時間にして1秒ちょっと、1小節くらいの出来事でしたが、見ているこちらの心臓が止まりそうでした。。1stさんったら、なんて男前な! 

 

なんの話でしたっけ。あ、そうそう。校風ね。オケに現れた校風の違いでした。

 

追記)雙葉は聴きそびれてしまいました。無念。

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当日に復習はしない。

先日の後期保護者会で、おや今までと言っていることが違う、と気付いたことがありました。

 

「当日はなかなか大変だと思いますので、翌日には必ず間違えたところの解き直しをしてください」

 

あれ。

今までだったら「帰ったら、その日のうちに必ず復習してください」だったのに。ウチの校舎だけ? それとも全校的にそんな話になったのかしら。

 

その日のうちにやらないと次の日には半分忘れてしまうから、帰ってすぐに復習。そして翌日、解き直しをしてさらに宿題。次の授業ででテスト等をやって、知識の定着を図る、そこまでしないとすぐ忘れちゃいます、とこれまで言っていたような。つまりあれですね、エビングハウス忘却曲線の話ですね。

 

(一応書いておくと、記憶と忘却に関する実験で、3つのアルファベットをたくさん被験者に覚えさせ、それらがどのようなスピードで忘れられるか調べたもので、1時間後には56%を忘れて、1日後には74%、1週間後には77%、1カ月後には79%を忘却するという論文です)

 

知識の定着ということだけを考えれば、どのタイミングで何度復習すればいいのか、先生の仰る通りですが、子供の1日の行動を考えると、とてもじゃないけどこれは受け入れられない。

 

だって学校から帰って20分ちょっぴり休憩して、場合によってはその時間に学校の宿題をした上で、3時間もずっと休みなしで授業を受けているんですよ。頭フル回転ですよ(サボっているかもしれないけど)。で、帰ってまた勉強する? いや、脳ミソくたくたでしょう。くたくた状態で復習なんかしたって頭に入りませんって。記憶の効率を良くしようとして、逆に効率悪くしているのでは。だいいち、子供はもう寝るべき時間です。

 

兄キ4年の当初からそう思っていたから、先生はキミたちにそう言っているだろうけど、お母さんはこう考えているから、サピのある日は、帰ったらご飯をたべてお風呂に入ってとにかく早く寝ることを心がけよう、先生と言っていることが違うけれども、ここはキミの体と頭の成長を考えると親として譲れないポイントだ、と言って当日の復習は一切させませんでした。

 

そんなんじゃ宿題なんか終わらない、という声が聞こえてきそうですが、終わらなかったら仕方ないと諦めます(笑)。23時まで机に向かわせているなんて話をたまに聞きますが、あきらかにオーバーワークだと思います。そんなゴムの伸びきった状態で中学に入ったとしても、その先辛いだけだと思いますけどね。

いずれにせよ、先生が翌日派に宗旨替えしたのは良いことだと思います。

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今さらながら、佐藤ママのこと。

佐藤ママについては、週刊誌やウェブマガジンなどのインタビューで度々目にしていて、ずいぶん極端な人だなあと思っていたのですが、今さらながら本(『受験は母親が9割』)を読んでみると、8割方はまっとうな方法論だと感じました。

 

批判している人のコメントを読むと、「子供の自主性が育たない(育ってない)のではないか」「人間教育としてどうか」といったあたりに集約されると思う。特に理Ⅲというところでこの批判が多いのではないかな。

 

気の毒だ。佐藤ママは受験に合格するための方法論を聞かれたからそれについて書いたのであって、人生論について聞かれるのであれば、もう1冊別の本を書くでしょう。書いていないことについて、しかも子供の人格について憶測であれこれ言われてはたまったもんじゃない。子供が巣立った後の自分の人生まで(燃え尽きやしないかなどと)心配されるにいたっては余計なおせっかい以外のなにものでもない。

 

ちなみに何のために勉強するのか、その目的について彼女は明確に答えています。「勉強するのは、人としてより豊かに生きていくため」と。美しい母国語が話せて、憲法について意見が交わせて、道端に咲く野花について語れるような日々は、きっと楽しいはずだ、と。

 

本の趣旨から逸脱している頭の悪そうな批判コメントより、ずっと美しいではありませんか。彼女が実践した受験方法論についてはもう出尽くしているので、彼女が考える家族論や、ジェンダー論など、そっちの方を訊いてみたい。どじょうを3匹も4匹も狙う受験本はもういいから、出版社の人は別企画でどうかご一考を。

 

さて、彼女の方法論はなかなか実践できるもんじゃないけれど、確かにそうだと痛感したところ。

 

(特に中学受験では)「子どもはまだまだ幼く、自分ひとりでは計画的に継続して勉強することができません」。「ああしろ、こうしろと口だけ出しても、子どもにとってはうっとうしいだけ」。仰る通りです。。

 

とりあえず計画だけはたててやろうと、夏休み、ノートを用意して1日1ページに朝昼夕と分けて、することを書き出しました。朝は夏期講習にでかけるまでに済ませること、昼は講義の内容(単元名)、夕は宿題などを何のテキストで内容は何で、それを何ページから何ページまで、と具体的にリストにして書き出し、終わったところにチェックマークを入れていきました。勉強内容だけでなく、お出かけの予定や、児童館に遊びに行く時間、上履きを(子供が)洗うというto doまで、とにかくその日にすることを全部書き出しました。

 

単元名というのが以外に重要で、単に「社会9ページから11ページまで」のように書くと、何がどこまで終わったのか計画帳を見ただけでは内容が把握できなくなってしまいますので、「社会3、第一次産業、9ページから11ページまで『確認と発展』」くらいに細かく書きました。算数のベイシックなども進め方が複雑なだけに細かく書き込みました。そしてマルつけは全部、ワタシ。間違えたところは一緒に解き直し。

 

チェック項目をつぶしていく、というのは分かりやすかったようで、あとこれとこれをやったら児童館! みたいな感じで、机には向かっているけれどいつまでもダラダラと何をやっているんだか、みたいな状況はなくなりました。

 

新5年生に入ってから、テキストの量が増えてげんなりしたのか、兄キの受験が終わってこちらもゆっくりしたくて放置していたためか、成績が下がり気味だったのですが、結果、夏期講習後のマンスリーではようやく回復させることができました。よかった、よかった。

 

ところが、そうは問屋が卸さない。というお話はまた今度。

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いちばんじゃ、ダメですか?

先日、子供の同級生のママ友とお話をしていた時のこと。

 

SAPIXの先生から聞いたんだけど、本当に勉強のできる子って、例えばサピの算数のテストで95点を取って、答案受け取った瞬間に、5点取りこぼしたってシクシク泣き出しちゃうんだって。すごいねー、『あと5点』をミスした自分が許せないんだねえ、そんな秀才くんがゴロゴロいるのかと思ってビビったけど、さすがにそんな子は全国でも数人だって言ってた…。

 

私は、世の中には頭のいい子って筋金入っているんだねえ、とただ単に感心する話題として、そのママとおしゃべりしていたのだけれど、彼女の反応は、

 

「うーん、そこまで点数にこだわるのってどうなんだろうねえ。大人になって、点数だけにこだわるような人になってもねえ…」

 

 というものでした。

 

私は少々、驚きました。

 

例えばこれが、テストの点数ではなく、水泳競技のタイムの話だったらどうでしょう。

 

都大会で優勝し、関東大会では惜しくも2位だったけど来月の全国大会への出場が決まった、ジュニア選手として将来有望な小学生、だとしたらどうでしょう。

 

毎日寝るのと学校にいる以外の時間はプールの中で過ごし、コンマ1秒どころか0.01秒のタイムを削るのに、生活のほとんどすべてを費やしている姿を見て、「タイムだけにこだわってもねえ…」などとは絶対、言わないでしょう。むしろ、送り迎えや栄養管理、体調管理を担っているお母さんに「張り合いがあるね、オリンピック目指して、次の全国大会も頑張れ!」くらいなことを言ってその親子を励ますと思います。

 

 なぜ水泳のタイムの追求なら褒められて、テストの点数の追求だと人格を疑問視されるのでしょう。

  

子供にとっては、どちらもたまたま得意なことが、フェアな数値で、他人と、あるいは過去の自分と競うことができるだけであって、今、目の前にあるタイムなり点数なり順位なり、この数値をより良くしたい、順位を上げたいという一心でやっているだけなのではないかと思います。勉強に打ち込んでいる=つまらない人物という思い込みこそツマラナイ。

 
もちろん勉強はできるけれど視野が狭く思いやりの欠けた人は世の中にいると思います。でもそれはオリンピックに出場するような世界トップの水泳選手の中にもドーピングをするようなクソ選手がいるのと同じで、どの世界の一流にも、人格者もいればクソ人間もいるということではないでしょうか。

 

「あと5点」にキリキリと歯嚙みして喰らい付くような子について、私はそのガッツをたくましく思います。将来、何かを成し遂げたいと思った時に、ガッツの発揮の仕方を知っているのは多いに役立つでしょう。ここは素直にその親子を応援したいと思います(と、ひとごとのように言うのは、ウチの子の点数は全く凡庸だからです・笑)。


余談ですが、冒頭のくだんのママ友は、西の最高学府を出て、民間企業でキャリアを大構築されており、政府のナントカ諮問会議みたいな委員も歴任しておられる、タイヘン優秀で尊敬すべき人物であります。

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いわゆる、すべり止め。

SAPIX主催の学校説明会も中盤を過ぎた頃でしょうか。いくつかの説明会に顔を出して、改めて自分の時代とは質量ともに全く異なる、本当に羨ましい教育環境にあるなあと嘆息しました。もちろん、受かればの話ですが。

 

上方射程距離圏の学校の説明会に力が入るのは当然ですが、さて問題は下です。いわゆるすべり止めです。これは本当に悩ましい。

 

普通に受ければ受かりそうな水準で、本人が「ここだったら」と納得できる学校で、でも事前にあんまりにも納得しすぎてしまうと逆に「ここで全然いいじゃん」と安心してチャレンジ精神を失ってしまう。この辺りの舵取りが非常に難しい。

 

「この学校はとってもいいと思う。もし他が全部ダメだったとしても、ここならこれもあってそれもあって、あなたの力を今後充分伸ばしてくれるいい学校だと思う。でも、あっちの学校の方がもっといいよね…なぜなら(以下略)」

 

なんとまどろっこしい。

 

しかし、第一志望第二志望が受からなかった時こそのすべり止めなのだ。残念な気持ちの中でも、それでもここだったら楽しく有意義に過ごせるだろうと思えなければ、到底6年間も通いきれないでしょう。

 

知人のお子さんで、志望校はダメだった、すべり止めは受かったのだけれど、でもやはり納得がいかなくて地元公立に通うことにしたという方がいます。それってすべり止めって言わないでしょ、なんてコトは言えません。。ちなみにそのお子さんは中学入学後、間髪入れずに塾に通っています。受験前にはSAPIXを筆頭に塾に4つくらい(!!)通っていたという話もあっただけに、納得いかなかったのは親御さんなのではと思うのですが、とてもそんなコトは訊ねられません。

 

また別の男子で、SAPIXでただ1度を除いて3年間全てαで通した子がいます。私立トップのK、国立2番手のTFをそれぞれ第一、第二にしており、どちらもどのテストでも80%合格圏内に居たにもかかわらず、本番で一体何をしくじったか不合格で、まさかの2月5日のH校でやっと合格を取ったという。。

 

自信満々だっただけに、相当ショックだったらしい。自分より「下」だと思って散々バカにしていた子たちが、番狂わせで結局自分より「上」に行くことになり、意趣返し的な意地悪を卒業まで言われたりしていて、本当に気の毒でした。その子のそれまでの言行にはちょっとどうかと感じるものがあったものの、今頃どんな気持ちで中学に通っているのかと思うといたたまれない。うまく気持ちを前向きに切り替えていればいいのですが。

 

もちろん第一第二に受かれば何の問題もないのですが、これもあれもダメだったという時に、この学校であれば胸を張って通えて教育内容にも納得できる学校を選んでおくというのは、第一志望校を決めるよりもある意味重要なことで、慎重に、丁寧に選んだ方がいいと、つくづく感じる次第です。

 

で、頭に戻るわけですが、本人が途中で面倒になって、「もうここでいいじゃん!」的な敵前逃亡やけっぱち状態にならぬよう、これはこれで押さえつつさらに「上位校」を目指すよう、親はうま〜く子のやる気をコントロールする必要があると思うのです。なんとご苦労なことよ。。

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